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‘岩谷社長’

仕事に集中すると寝食も忘れてしまうという岩谷社長を生活面から支える岩谷夫人も岩谷技研の大切な一員ですよね!ということで、なんと岩谷社長の奥様へのインタビューが実現しました!

 

岩谷夫人とお話ししてみたいんですが!!

社員さんやメイトさんに取材の時に「岩谷社長に聞いてみたいことありますか?」と質問をしています。「現場でのコミュニケーションが取れているので、特に思いつきませんが・・・」と言われることが多いのですが、学生アルバイトさんからは「奥さまはどんな方なんでしょうか?」「学生時代に出会ったみたいですが、どうやって知り合ったんですかね?」という質問が多く、それは取材陣も気になります!ということで取材の申込みをしていました。

岩谷社長は我々に根掘り葉掘り聞かれるのでは?と懸念して岩谷夫人の登場を渋っていましたが、「私も社内報を楽しく読んでいます」とのことで、お会いすることができました!

「岩谷技研で働いてくれている皆さんになかなかお会いできる機会がないのですが、社内報を読んで『こんな気持ちで入社してくれたんだ、ありがたい』と思ったりしていました」と取材陣としても嬉しいお言葉。アルバムも持参してくれて、若かりし頃の岩谷社長の写真も見せてもらいながら大学時代の話題を中心に盛りあがりましたよ。

 

私も恵迪寮OGなんです

帯広出身で高校時代は演劇部の部長をしていたという岩谷夫人。北大に進学が決まり、パンフレットを見て恵迪寮(けいてきりょう|北大の学生寮)が面白そうだなと思ってよく知らずに第一希望にしてしまったのだとか。初めて寮に入った瞬間、物が散乱していてなんでこんなに汚いの?と帰りたくなったそうですが、今さら一人暮らしもできないと仕方がなかったと言います。

「寮では部屋周りという風習があり、部屋に挨拶に行くとゲームに参加させられたり、踊らされたりと、今思うとパワハラか?なんですけど、その時はそういうもんだと思って、演劇をやってたし踊れちゃう。声も大きかったから、先輩にも褒められたりして」と、芸は身を助けるというのでしょうか?結局、寮で卒業まで楽しく過ごしたのだそうです。

恵迪寮といえば、同じく北大OBの松本大成さんの入社の経緯にも大きく関わっていたのでした!

岩谷技研で引越しをする時に人手が足りない!と困っていた岩谷社長の様子を見て、恵迪寮の掲示板を思い出した岩谷夫人。OGのよしみで…とお願いして、バイト募集のチラシを貼ってもらいました。

「恵迪寮には人がたくさんいるから、絶対にバイトの1人や2人や3人くらい来てくれるよ!と言ったものの、なかなか連絡はなく、誰も来なかったらどうしよう」と思っていたところ、松本さんから電話があり、「神の声!いや仏の声!!」と安堵したそうです。そして松本さんが今でも岩谷技研で働いてくれていることが本当に嬉しいと話してくれました。

 

お二人の出会いは「運命」ですね!

ところで、大学では演劇ではなく茶道を始めようと思ったきっかけは?

「もともと和小物や着物が大好きで和菓子も食べられていいなって思ったんですよ、でも実際に始めてみると、スーツ着用で普段はあまり和菓子は食べられなくて」

当初の思惑とは違ったようですが、その茶道サークルには一学年上の先輩に岩谷さんがいました。飲み会やバトミントンで皆で集まるうち、「一緒ご飯食べに行かない?」と声をかけられて、それから二人で出かけるようになり、やがて付き合うように。「大学生のよくあるパターンですよ〜」と教えてくれましたが、う〜ん、まさに青春!

大学時代にふうせん宇宙撮影に取り組み始めた岩谷社長は、平気で徹夜して装置を作っていたり、食事も「じゃがりこを食べたよ?」という感じで夢中になっていたそうです・・・じゃがりこは食事ではないですね。

「震災の直後に元気を無くしていて。ふうせん宇宙撮影をやるんだ!と決め、ようやくイキイキを取り戻してくれたので、元気で楽しくやれるならそれが一番いいと思って見ていました」と岩谷夫人。「基本的に頑張りすぎちゃう人なので、ほどほどにして、ご飯を食べてもらわないと」。どうやら昔から岩谷社長は岩谷夫人が用意してくれる食事で生活のリズムを整えていたようですね。

「風船が遠くまで飛んで行って行方不明になっちゃった時があったんですよ。その時はとても落ち込んでしまって、大丈夫だよ、きっと誰かが見つけて拾ってくれるよ!って励ましてたんです。そしたら本当に拾った人から連絡があって戻ってきて。よかったなって思いました」とのエピソードでも、どんな時も明るく前向きな言葉で励ます岩谷夫人の言霊力が素晴らしい!と感心しました。岩谷社長にとって、どんなに大きな心の支えとなったことでしょう!!

「出身地も違うし、お互いに別の大学に行ってたり、もしストレートで入学してたら4年生と1年生だったので茶道部で出会ってもあまり親しくならないで卒業したかもしれないし、本当にちょっと何かがずれていたら会えなかったんですよ」と、ここでも偶然がいくつも重なって岩谷社長の力になっているのだなと感じました。

「すごく優しくて、家庭のことを大事にしてくれて、私よりも子どもを泣きやませるのがうまいので、みんなパパのことが大好きです」と、仲良く並んでテレビを見ている写真を見せてくれました。お子さん3人と岩谷社長がそっくりな顔してて、かわいい!!

「子ども達が大きくなったら、パラシュート教室の手伝いをしたいなって思っているんです」と教えてくれた岩谷夫人。お話を聞いていると、お二人がとてもお似合いの素敵なご夫婦で、大きな愛情でご家庭を大切に育んでいる様子が伝わります。まだまだ沢山のハッピーエピソードを伺ったのですが、岩谷社長が照れてしまうと思うので、記事はこの辺にしておきましょう。なにしろ幸せいっぱいで心が温かくなったインタビューでした。

岩谷技研 研究開発部 知財・共同研究担当部長 兼 機械課2課 課長の棧敷和弥さんにお話を聞きました。

なんと棧敷さんは岩谷社長と同級生!?貴重なエピソードも聞けましたよ!

 

知財とは何?

知財管理部部長の棧敷和弥さんは、主に知的財産の管理と開発などのお仕事をされています。知的財産とは会社の中で開発したモノやデザイン、アイデアや発明などのことです。棧敷さんはその知財の中でもベンチャー企業である岩谷技研にとって生命線となる「特許」を担っていて、弁理士さんとやりとりしながら気球と気密キャビンにまつわる特許を数多く出願・取得しているのだそうです。

「知財は、似たような事業をしている他社に真似されたりとか、自分たちが作ったものを変なふうに使われないようにするための役割があります。」と、棧敷さんは知財に関して全く分からない我々インタビュアーに優しく丁寧に教えて下さいました。

棧敷さんのお仕事は知財がメインですが、最近では開発の仕事や、社外の委託の実験なども担当しているとのことで、とにかくお忙しいそうです。

「まあ大変ですよ」と淡々とクールに答えてくれる棧敷さんですが、そのクールな返答に並々ならぬ苦労が漂うのを感じました。

 

岩谷社長と同級生!学生時代の岩谷社長とは?

札幌出身の棧敷さんは、もともと宇宙への興味が高かったため北海道大学へ進学。その北大の研究室で、岩谷社長と出会ったのだそうです。

「え!岩谷社長と同級生だったんですか!?」と驚く我々。棧敷さんは「学生時代、岩谷を含めた友達と夜通し遊んだりしてましたね」と同級生らしい思い出を語ってくれました。「棧敷さんも岩谷社長も、夜通し遊んだりするんですか!?」とビックリして返すと、「そりゃそうですよ。普通の学生ですよ!(笑)」と大笑いになりました。

岩谷社長については「学生当時から一風変わった奴だと思っていた。」とのこと。さらに「学部2年のとき、岩谷社長は金融工学に興味があって、最初はそちらに進もうと思っていたみたいですね。」と、これまた貴重なエピソードを聞くことができました。

そういえば岩谷社長、学生時代に株で儲けたという天才的驚愕エピソードがありましたね…。
(※株についてのお話しは「【総力特集!岩谷社長インタビュー Vol.3】岩谷社長に聞いてみた!素朴な質問」をご参照ください)

 

岩谷社長から直接スカウトされる!かつての盟友が岩谷技研でタッグ

棧敷さんは大学卒業後、大阪にある会社に勤め始めます。そして、休暇などには北海道へ帰省して、岩谷社長と情報交換をしたりしていたのだそう。

そしてある時、苫小牧のラボにいる岩谷社長に会いに行った際に、帰りの車の中で一緒に気球の事業をやらないかとスカウトされます。その時はちょうど岩谷社長が気球による宇宙遊覧の実現を目指し、ベンチャー企業としての一歩を踏み出すために創業メンバーを探していたタイミングで、技術開発をサポートしてほしいと勧誘されたのだそうです。

学生時代、北海道大学の敷地で風船を上げていた頃から岩谷社長を見守ってきた棧敷さん、「誘われた時はもう行くことを決めていた。」とのことでした。

かつての同級生をサポートするために岩谷技研へ入社。当時はまだ3人ほどしかいない状況で、「どんどん新しいものを作っていきたい!」と胸を躍らせていたようです。その時の夢が着々と実現に向かっていると思うと、こちらまで胸が熱くなってきます!

 

「彼がやりたいことが出来る会社であってほしい」

岩谷社長のどんなところに興味をひかれますか?という問いに、棧敷さんは「彼がやりたいのは人の意識を変えること。いろいろな人に影響を与えている部分が面白いし、興味をひかれる。」

そして岩谷技研という会社に対しては、「なにより、彼がやりたいことが出来る会社であってほしい」と強く望んでいるということです。その一言に、立ち上げの時からずっと岩谷社長をサポートしてきた棧敷さんだからこその熱い想いが込められていると思いました。

同級生時代から固い友情の絆で結ばれている棧敷さんと岩谷社長。会社内では人が羨むほど「いつも楽しそうにお喋りしているんですよ」と、社員の方からタレコミがありました(笑)。

時にはぶつかり合い、時には励まし合い、同級生の頃から続く素敵な関係が岩谷技研を支えているのですね。
「これはドラマ化決定!」と我々インタビュアーは勝手に盛り上がりながら、棧敷さんとの素晴らしい会話の余韻に浸るのでした。

【総力特集!岩谷社長インタビュー】6回目の今回は、岩谷社長の宇宙的視点や時間感覚、そして人間の寿命についてといったとても深いお話を聞いてみました!

 

人間は長期スパンで考えることが不得意

岩谷社長はビジョンも分かりやすく明確で、着々と計画を実行していく姿から、何十年先の未来計画も明確に描かれているイメージがあります。社長はどれくらい先の事まで考えているのですか?とお尋ねしてみると、「10年後、20年後の姿といった長期スパンではあまり考えないですね」と意外な答えが返ってきました。

目の前の計画を着実にこなしていく過程が未来につながっていく、というどっしりと地に足をつけた考え方をお持ちのようです。

 

またその「長期スパン」という話の中で、そもそも「人間は長いスパンで考えることが得意ではないんです。」と岩谷社長は言います。

確かに一般の人は、長期的な計画はなかなか実感が伴いませんし、「今日の夕飯は何食べようかな?」という直近の出来事くらいしか本当の意味で実感が伴っていない気がします。

人間はもともと「長期スパンで考えるのが得意ではない」のだと考えるとたいへん腑に落ちます。今後長期計画が計画倒れで終わってしまうことの言い訳に使ってしまいそうです(笑)

 

「たった1000年ですよ」ハルマゲドンが来ても人間は再起する?

”長期スパン”の話から岩谷社長の話はどんどん大きくなり、終末論の話まで飛び出します。

「最近の世界情勢で言うと、終末論て結構あるじゃないですか。例えば、2000年頃ならノストラダムスの大予言というものもありました。でも世の中は一度も終わったことがない。そしてこの先も私は終わることがないと思っています。人類というのはとても柔軟性がある生き物なので、仮に何かカタストロフィックな出来事が起きても多分人類は滅びないし、恐竜がほぼ絶滅した時の隕石衝突のような事態に陥っても、1000年くらいで再起するでしょう。たった1000年ですよ」

たった1000年!?え、ちょっと待ってください、1000年て短いんですか?

我々インタビュアーが驚いていると、岩谷社長は淡々と「恐竜の時代なんて3億年あるんです。人類の誕生からして500万年、それに比べてたったの1000年じゃないですか。」とご説明されました。いや確かに3億年や500万年と比べると…、1000年は短い…のかもしれません。岩谷社長は不思議な時間感覚をお持ちなのだと驚きました。

 

人口が少ない今だからこそ、我々一人一人の努力が大きく未来に影響する

最近は人口爆発による環境問題などが取り沙汰される世の中ですが、それについて岩谷社長は楽天的で未来志向を描いているようです。

現在世界の人口は80億人を突破したと言われていますが、今までの人類がどれだけいたかというと、1000億人はいなかったでしょう。今後も世界の人口は増えていくし、さらに人類はこの先200万年経過してもきっと終わることはない。そう考えると、子孫は何兆人という数になる…と。

「昔の人って、人口が少なかったから活躍できたという面もあると思うんです。そして私たちは、”未来から見たら”めちゃくちゃ人口が少ない時代なんですよ。」

未来に何兆人という人が生まれてくることと比較すると、80億人の現在は確かに少ない数値に見えます。

「なので、今この時に頑張ることは、将来にとってものすごく影響があると私は思っています。今頑張っている一人一人から生み出される将来の利益というものは、とてつもなく大きなものなんです。その人が享受するもの、どんなにお金を持っていてどれほどな贅沢をしても、それよりもはるかに大きなものを私たちは未来に残すことが出来るんですよ。将来のすごく多くの人たち、何億人・何兆人という人たちの利益になると私は考えています。」

岩谷社長は常々そう考えているようで、インタビューや講演会のとき社長はいつも「人の役に立ちたい」「ちょっとでも社会の役に立ってから死にたい」というお話をされます。それは自分の周囲や社会に対する影響だけでなく、何百万年も先の未来も見据えての考え方なのだと分かり、なんと計り知れない考えをお持ちなのだろうと、呆然とする思いでした。

「なので、」と真顔の岩谷社長は言います。「1000年はわずかですね。」

 

「1兆年てすごく短いですよね」

話はさらに宇宙へと広がっていきました。ビッグバンから始まったとされる宇宙は138億年が経過していると言われていますが、「宇宙の星の感覚からすると、138億年てめちゃくちゃ短いんですよ。」と、またまた理解の追い付かない発言が社長から飛び出すのでした。

私達が夜空を見上げて見える星々、その何倍もの数の目に見えない小さな星があるそうで、これを赤色矮星というのだそうです。

この赤色矮星は小さな星なので、核融合の燃費がいい。星は大きくなればなるほど、重力が大きくなればなるほど核融合はしやすくなるのですが、とても燃費が悪くて、そのため大きい星の寿命は1000万年、500万年と、どんどん短くなってしまうといいます。大きい星ほど寿命が短いんですね。

太陽の寿命がだいたい100億年くらい。赤色矮星は、だいたい寿命が1兆年もあるのだそうです。

 

「100億年と1兆年なので、この星寿命の感覚で考えれば、宇宙が始まってまだ一瞬、まだ間もない時間。そして、”宇宙の終わり”と考えられているスパンが10の100乗年です。10が百個つくので、無量大数(漢字文化圏で名前がついている最大のもの)でも全然桁が足りない。なのでそれくらいの時間スパンで見た時に、1兆年てすごく短いですよね。」

宇宙というスケールで考えた時には1兆年すら短いと思えてしまうんですね…。

「そう考えてみると、1000年は瞬きですよ。」と笑顔で岩谷社長は付け加えました。だんだん1000年があっという間、という気持ちになってきましたよ。

 

あなたの人生に用意されたロウソクの数は5000個!毎週1本消えていきます!

宇宙の寿命という気の遠くなるような話から、今度は我々人間の寿命というたいへん身近な話に移行していきました。

「自分の一生」は自分ごととしてとても身近な話ですが、では実際に我々は、本当の意味で寿命を実感して生きているのかというと案外そうではありません。やはり今日という今が、明日も明後日もずっと続いていくような気でいるのではないでしょうか。

そこで岩谷社長は「ロウソク」を例にして、こんな話をしてくれました。

「自分の一生ってなかなか感覚をえられないと思いますが、では1週間を1個の点にして一生を計算してみると、だいたい5000個くらいしかないんですよね。」

※一週間を1個の点とした場合、1年間は約50個ほどとなり、100歳まで生きるとした場合でも5000個(5000週)しかない。

 

「5000個ってそんなに多くなくて、私は36歳なのでもう半分近く使っています。で、この点にロウソクがあるとしましょう。1週間に1個ロウソクが”フッ”と消えていくんです。仮に中学生であったとしても、700個ほど使っています。残りは4000個くらいと思って見ると、一生の短さというものを実感できるんです。」

隣りでその話を聞いていた取締役の仲さんは、「嫌な話を聞いちゃったなぁ。もうマスがほとんど残ってない…」と、インタビュアーの私と同じことを思っていたようでした。そこで岩谷社長は「これをどう受け止めていくかですね。」とおっしゃいます。つまり、一生は短いという実感が伴えば「今日やれることをしっかりやろう」と思えるのだそうです。

ついつい我々は日々の仕事に疲れ、次の休日はまだかなぁなどと考えてしまいがちですが、岩谷社長に言わせれば「休みだけを待って過ごしているのはもったいない。仕事の時間も楽しんだほうがいいですし、通勤通学の時間も楽しんだほうが良いです。」と爽やかに言ってのけます。

「同じ日は二度とこないですし、身体にとっては明日よりも今日の方がマシな日ですから。」

毎週毎週自分のロウソクが消えていくことを考えたら、無駄なことをしている暇はないと思いますし、やりたいことはどんどん早くやろうという気持ちになります。私はこの話を聞いて、子供との時間をもっといっぱい取って悔いのない時間を過ごしていかねばと思いを新たにしました。

気球で宇宙遊覧を実現する岩谷技研の社長、天才・岩谷圭介さんは、目の前のことだけではなく、社会全体から宇宙全体、はては何兆年先の未来までも捉えて考えている、とんでもない思考の持ち主だということが分かりました。

岩谷社長へのインタビューQAにて、「犬派ですか?猫派ですか?」という質問があったのですが、その時の返答はどちらでもなく、鳥が好きなので「鳥派」というご回答を頂きました。

その後、社長室に置いてある鳥関連書籍の話題から、とんでもないディープな話になっていきました…!

 

社長お気に入りの本「世界の鳥の巣の本」

岩谷社長が「本の作りも含めてすごく良い本」と仰っていたのが『世界の鳥の巣の本』。大型本の図鑑なのですが、「鳥の本」ではなく、「鳥の巣」をまとめているというたいへん珍しい本です。

たいへんマニアックな本だけに「たぶん全然売れなかったと思います」とユーモアを交えながら、「鳥の種類ごとに巣を作る場所が違う」「編んで作る巣もあれば土を盛るだけという巣もある」といった興味深い話を紹介してくれました。

岩谷社長は子供の頃から鳥を飼っていたそうで、今でも文鳥をご自宅で飼育されているとのこと。そういう意味では、鳥にたいしてとても愛着があるのだろうと思ったのですが、話はそんな浅いものではありませんでした。

 

「鳥は生物として、人間よりよっぽど完成されています。」

子供の頃から鳥を飼われていて好きだった理由は、空を飛びたかったとか何か理由があるのですか?という我々の問いに、岩谷社長は少し間をおいてから「鳥は綺麗です」「生物として人間よりよっぽど完成されていますよ。」と話し始めました。心肺機能にしても、体の作りにしても、哺乳類とは全然違うのだそうです。

「鳥は心臓にしても肺にしても、遥かに進化している。あの体の大きさであれだけの運動量を私たちはとてもできない。」

そう言われてみると確かにそのとおりです。また鳥の色合いの美しさについても、哺乳類とは全然違うという点で惹かれるのだそうです。

 

鳥は恐竜の子孫、哺乳類は歴史の表舞台に出たばかり

基本的に鳥は恐竜の子孫にあたるのだそうです。約6500万年前に巨大隕石の衝突で恐竜がほぼ絶滅した中で唯一生き残った恐竜の系統群が、まさに「鳥類」だとのこと。鳥=恐竜ということを考えると、約2億年近くの間生き延びていることになります。

対して、人間の祖先はネズミのような哺乳類で、約6500万年前の巨大隕石衝突後に地上に現れた生物だったといいます。体毛が鳥のようにカラフルでないのは夜行性だったからで、恐竜の絶滅後にようやく表舞台に出てこれた、ということを考えると、鳥類と哺乳類には歴然たる差があると言わざるを得ません。

以上のような理由から、岩谷社長は哺乳類である猫でも犬でもなく、恐竜を祖先とする鳥の方が圧倒的に優れているという見解でした。

「現在は歴史上たまたま哺乳類が上にいるだけで、将来どうなるかは分からないです。」岩谷社長は何億年前の過去から、何億年も先の未来までをも含めて生物の進化・変遷を見通せているのかもしれません。

まさか犬派・猫派の話からこんな壮大でドラマチックな話になるとは思いもよりませんでした。

岩谷技研の広い社長室には岩谷社長ご自身が執筆された書籍の他にも、様々なジャンルの本が並んでいました。「この中でオススメの本とかあれば紹介してください!」という我々インタビュアーの無茶振りにも社長は笑顔で受けてくださいました。

天才・岩谷社長は普段どんな本を読んでいるのでしょうか?興味津々です!

 

いきなりの洋書!100年前の気球の絵も

まず岩谷社長が取り出してきた本は、なんといきなりの洋書!

『INTO THE UNKNOWN / STEWART ROSS:Illustrated STEPHEN BIESTY』という本で、「絵が豊富なので子供でも楽しめるでしょう」と岩谷社長。読めないですが(笑)、確かに面白そうです。

 

この『INTO THE UNKNOWN」の注目ポイントは、一番初めに成層圏まで飛ばしたという100年ほど前の気球の絵が描かれているという点です。そんな昔に岩谷社長と同じことを目指した気球があったのは驚きでした。

 

乗り物の分解図が詳細に描かれている本『INCREDIBLE CROSS-SECTIONS』

2冊めも大きな洋書を手に取った岩谷社長。『INCREDIBLE CROSS-SECTIONS』という本で、子供の頃に図書館で借りて読んだことがあったのだそうです。

様々な乗り物や建物の内部が分かるように描かれている「輪切り図鑑」で、どのような構造になっているのかを視覚的に理解できるというもの。

一つ一つの絵がたいへん細かい描き込みがなされており、「こういった本はなかなか見かけない」と岩谷社長。英語がわからなくても、見ているだけでワクワクしてくる本ですね。

そういえば岩谷社長は子供の頃にカメラを分解して親御さんに叱られたというエピソードがありましたが、こういった絵本の影響で中がどうなっているのか知りたいという探究心が培われたのかもしれません。

 

時系列で生物や科学技術の変遷が分かる『IN THE BIGINNING…』

3冊目も同系統の、絵が主体の大型本『IN THE BIGINNING…』。こちらはどんな本かというと…。

 

生物や乗り物、建物や素材、科学といった様々な分野において、時間の変遷の中でどういった進化を遂げてきたのかが一目でわかるというもの。

「一口に理系といっても、歴史や地理や科学は全部重なってくる。科学が歴史を進めてきた例も多くあります。学問は理解するために分けただけで、もともとは一つなんです。それを理系・文系で分けて学んでしまうと理解は半分以下にしかならない。それはもったいないなと思いますね」と岩谷社長。ほんとうに深い見解があるのだなと驚きました。

一般的に理系というと専門を突き詰めていく過程で視野が狭まってしまう印象がありますが、岩谷社長は幼少時代から広い視野で世の中を捉え、様々な分野の深い知識を習得したことで、唯一無二の天才性を発揮されているのだなと思いました。

 

我々一般人でも読める本を…

岩谷社長のオススメ本はどれも素晴らしいですが、いかんせん洋書で読むのが困難。そこで「我々一般人でも読めるような日本語の本でオススメはありますか…?」とお尋ねしてみたところ、「うーん…あんまり無いかも…」とずいぶん悩んだ様子で…(笑)

おそらくご自宅でしたらすぐ出てくるのかもしれませんが、社長室にある本でオススメって難しいですよね。

そして、しばらくの間をおいて出てきたのが「銀河ヒッチハイク・ガイド」という文庫本。「お気楽な内容で面白いですよ」と岩谷社長。

書籍のレビューでは『バカSFの歴史に燦然と光り輝く超弩級の大傑作』と評され、35か国語に翻訳、全世界で約1,600万部が売れたというベストセラー小説だそうです。これは気になりますね。

 

マーフィーの法則!

なんと「マーフィーの法則」が出てきました。1990年代にベストセラーとなったシュールな本で、「失敗する余地があるなら、失敗する」「落としたトーストがバターを塗った面を下にして着地する確率は、絨毯の値段に比例する」といったユーモラスな経験則が紹介されている抱腹絶倒の内容です。

以前、江別工場でロープの結び方の講習を行っていた中臺章さんもマーフィーの法則「失敗する余地があるなら、失敗する」を例に出して戒めていたのを思い出しました。もしかしたら岩谷技研内ではバイブルになっているのでしょうか?

 

鳥好きの岩谷社長おすすめ「トリノトリビア」

そして岩谷社長が「これ面白かったですよ!」と笑顔で出してきたのが「トリノトリビア」!タイトルからして面白そうですね。

この本は、『鳥類学者と鳥好きマンガ家のタッグで贈る、読めば道ばたのスズメを素通りできなくなる日本一オモシロイ野鳥の本』とのことです。4コママンガ+解説の2本立てで構成されており、鳥好きもそうでない人にも楽しく読めそうです。

 

そしてこの鳥の本から、なぜ岩谷社長が鳥に惹かれているのかという深く壮大な話になっていくのですが、それについては長くなってきましたのでまた次回ご紹介したいと思います。

ちなにに、岩谷社長が日本の作家さんの中で好んで読むのは遠藤周作さんだそうですよ。

我々、取材陣が岩谷社長に初めてお会いしたのは、2022年3月の江別気球工場竣工披露式でした。岩谷社長の第一印象は「なんて物腰の柔らかい礼儀正しい方!頭脳明晰すぎる!」と今までに出会ったことのないタイプで、つかみどころがないような不思議な魅力を感じたことを覚えています。

その岩谷社長の不思議な魅力を理解するためにもメイトさんや社員さんにインタビューをした際には「岩谷社長に聞いてみたいことありますか?」と皆さんに聞いていました。今回は、岩谷社長の基本情報として知りたいけど・・・お忙しい社長に聞くのは恐縮してしまうような内容をあえて質問してみましたが、簡単な質問からは想像もできない回答が繰り出されました。ここではまず単純なQ&Aをご紹介しますね。

 

短時間睡眠で大丈夫!岩谷圭介の時間術

気球の設計、開発だけではなく、会社の経営など、岩谷社長のスケジュールは分刻み!さらにご家庭では、3人のお子さんの育児と、とにかく忙しく過ごしていらっしゃる印象の岩谷社長に対して

「ちゃんと食事されてますか?寝ていらっしゃいますか?と心配される声が多いです」とお伝えすると「寝なくてもいいタイプなので得してると思います」とニッコリ。平均的な1日のタイムスケジュールを教えていただけますか?

「朝は、3時頃に起床します。」ん?3時は朝ではなくて夜中なのでは?と早速のツッコミどころですが、岩谷社長は4時間ほどの睡眠時間があれば十分なのだそうです。

早朝のこの時間帯はメールや電話、問い合わせをされることがないので、集中して自分の仕事に取り組める貴重な時間です。

7時頃、お子さん達が起きてくると仕事をやめ、一緒にご飯を食べます。

8時に出社し、18時〜19時頃に退社することが多いのですが、
「会社にいるとミーティングがあったり、質問されたりするので仕事ができない」
と言うので、それも大切なお仕事ですよと笑いました。

ご自宅では、アニメ「宇宙戦艦ヤマト」を子ども達も大好きなので一緒に見るなど、家族の時間を楽しく過ごし1日を終えるのだそうです。

まずは、岩谷社長がいわゆるショートスリーパーと呼ばれる毎日の睡眠時間が短時間でも、健康への影響がまったく無いタイプだということがわかり一安心でした。フランスのナポレオン・ボナパルトや発明家のトーマス・エジソン、芸術家のレオナルド・ダ・ヴィンチらと同じですね。

「奥さんは自分とは違ってよく寝るんです。規則正しくスケジュールに忠実なタイプなので助かっています」と、話題はご家庭の話に・・・

 

集中すると寝食も忘れるタイプ

「好きなことをずっとやっていて、ご飯を食べるのも忘れ、気がついたら朝になってしまうくらい集中してしまう」ことがあるという岩谷社長。ご自身では「不器用なタイプ」と表現されるのですが、そんなに熱中して物事に取り組める集中力と体力がすごいですよね。なので「食事しているところをあまり見たことがない」「生活感がない」と思われてしまうのでしょう。

「奥さんが時間になると食事を用意してくれて、声をかけてくれるのがありがたい」と奥様の話をするときには、とてもニコニコされる岩谷社長。声かけがなければ際限なく集中し続けてしまうので、奥様が自然と生活のリズムを整えてくれているようです。

奥様が作るお料理で好きな物はありますか?と聞くと「こだわりなくなんでも食べる」と言うので、きっと奥様の作るものはなんでも美味しいのですね!

唯一苦手なのが、以前に食べてあたってしまったことがあるカキで、どちらかというと肉派だと教えてくれました。(この肉派の質問からの、動物は犬派?猫派?の話題は、思いもかけない話しに発展するので、別のコンテンツでお伝えします)

 

岩谷社長はお酒を飲むと…?

「お酒は飲みますか?という質問もありました」と聞いてみると、

仲さんが「あまり飲めないけど、飲むと甘えたかわいい感じになって、大好きな奥さんの話をしてのろけたりする」と教えてくれたので、そんな可愛い岩谷社長も見てみたいものだと思いました。

我々インタビュアーの勝手な思い込みでは、岩谷社長はきっとワインの産地や銘柄に超詳しくてかなり飲むのでは?といった印象がありましたがハズレました。きっとお酒を飲む時間があったら大好きな研究に没頭したいという考えなのかもしれません。

 

茶道が結んだ「縁」

「奥様との出会いや馴れ初めが気になる」という質問もありました。これもまた仲さんが、「大学の茶道のサークルで出会って、可愛い子だったので口説いた」と岩谷社長よりも先に答えてくれて、岩谷社長も全く否定しなかったので笑いました。

奥様のどんなところがお好きですか?の質問には照れて答えずらいようでしたので、「どういうタイプがお好きなんですか?」と聞くと「素直で話しやすい子が好き」とのこと。学生時代に岩谷青年の語る夢を奥さんが楽しそうに聞いていたのかな♡なんて想像してしまいます。

岩谷社長が茶道のサークルに入ったきっかけは、ご実家が茶道教室で「祖母と母が茶道の先生をしていた」のだそうです。「甘いお菓子が好き」というのも小さい頃からお茶とともにお菓子が身近にあったからかもしれませんね。

ちなみにご出身の福島県の名産なら「ままどおる」がおすすめだそうです。

※「ままどおる」とは、バターを多く加えたミルク味の餡を生地で包み焼き上げた、 福島県郡山市の菓子メーカー・三万石が製造しているお菓子。お土産品として大変有名です。

 

茶道にはいくつかの流派があり、それぞれ作法が違う部分もありますが、茶道の根底にあるのは、お客様をお迎えする全てにおいての心遣いです。

社長室へと丁寧に迎え入れてくれ、心のこもった対応をしてくれていることに、ずっと感動しながらインタビューをしていたのですが、岩谷社長はナチュラルに茶道の精神をもって「一期一会」の時間を過ごしてくれているのだなと思いました。お話しされている間も常に姿勢が良く、指先まで所作が美しいのも、日頃から茶道を嗜んでいるからなのだと納得でした。

 

子ども時代エピソード

岩谷社長がどんなお子さんだったのか?お母さまにどんな子育てをされたのか?という質問も多く、我々も一番聞いてみたいと思っていたことでした。

講演会で話されていた子どもの頃のエピソードで、お父さんのカメラを分解したという話がありましたが、怒られなかったのでしょうか?

「怒られたと思うけど気にしない子どもでした。今、自分の子どもが自分でやろうと思ったことをやらないと気が済まない様子を見ていると、きっと自分の小さい頃に似ているのではと思う」と、自分の親も子育てで大変なこともあったのでは?と思っているそうです。

 

学生時代に株で稼いで浪人時代の費用を捻出

高校生の頃に株で稼いで、そのお金を自らの浪人時代の費用にあてていたという仰天エピソードがある岩谷社長。それは金融教育として株式投資を親から提案されたのですか?

「ちょうど高校生の頃って、株に興味を持ちませんか? 興味あったので自分でやってみたんです」

なんと誰かからの教えられたり勧められたのではなく、自ら株に興味を持って始めたのだそうです。高校生の頃といえば普通、部活や恋愛に夢中で、多少は将来のことに漠然とした興味は向けるとは思いますが、株で稼ごうとは考えたことなかったです・・・興味の持ちどころが我々凡人とは全く違いますよね。

 

ご両親からは「自分の責任で自由にやりなさい」と良い意味で放任されて育ったという岩谷社長。

とはいえ、子育てはあれこれ言って干渉するより、子どものしたいようにさせることの方が忍耐が必要で大変です。おそらく「この子は大丈夫」と信じて待てる大きな愛情があったから、ご両親も「自由にやりなさい」と言えたのだろうなと思いました。

 

起業について

さて、岩谷技研ではアルバイトの学生も多く、卒業後の将来は多くの学生が企業への就職という進路を選ぶのに対して「起業するって、やっぱりすごい。どうしてその勇気が持てたのか?」を聞きたいという質問もありました。

岩谷社長は大学生の頃にも、プログラミングの知識を活かして起業していたんですよね?

「工学部は実習や実験が多く、限りある24時間の中でアルバイトをして生活費を稼ぐことを計算してみると、自分で仕事を作って会社をやった方が効率が良いと思った」と、淡々と話す岩谷社長。だからと言って、誰もが簡単に会社をつくれるわけではありませんよね・・・。

岩谷社長のやってみるからはじめてみるという姿勢は子ども時代からずっと変わっていないことに感心しました。

 

すべての経験が今に役立っている

高校時代の株式投資の知識や大学時代に起業しようとした時に法律や契約書について、たくさん調べたということが今の会社経営やファイナンスに役立っています。「経験していることをつかっているだけなんです」と岩谷社長。今までの人生の経験値が高過ぎやしませんか?と驚くばかりの我々。

そうした経験の中で、今までで一番嬉しい、もしくは悔しいとか悲しいと思ったことを教えてくださいと聞くと

「感情の浮き沈みがあまりないので」と、出来事に一喜一憂せず「全部通過点でしかない」という考え方をしているのだそうです。失敗は何が悪かったかを教えてくれるから、さらに先に進めると、とてもポジティブです。

それは、感情がないというよりは、感情を素晴らしくうまくコントロールできているということでは?

「モチベーションを保つために、情熱の火を”とろ火”でずっと燃やし続けていきたい」とキラキラした目で語られ、我々も胸がじ〜んと温かくなりました。

 

同じ人間なのに脳のつくりが違うのか?つくりは同じでも使い方が違うのか?岩谷社長は天才すぎやしないか?それよりも心根が美し過ぎないか?そもそも本当に同じ人間なのか?と、我々の理解を超えてしまったので、思わず「宇宙の叡智を教えるために地球にやって来た宇宙人ですか?」と聞いたところ、さすがに困ったような笑顔を浮かべる岩谷社長・・・えっと、では苦手なことはありますか?

「苦手なことばかりですよ〜。新しいことをしていくのが得意ですが、根気のいる繰り返しの作業などは苦手です。だから会社をつくったんです」と自分が苦手なこと、できないことでも、それを得意とする人、できる人がいる。一人では難しいこともみんながいれば実現できる! 隣にいる仲さんも笑顔で頷きます。

 

「気球による宇宙旅行」を目指すというイメージから、ふわふわしたつかみどころのない雰囲気を感じていましたが、岩谷技研にあるものは、アイデアや思いを実現するための確かな技術を生み出す一人ひとりの努力と働きなのだと、岩谷技研で働く皆さんの顔が思い浮かびました。気球を開発したことも素晴らしいですが、それを作る会社を作ったことが、まず本当に素晴らしい!と改めて感じたインタビューとなりました。

 

皆さんの素朴な質問に対する岩谷社長の回答のどれもが、経験と知識に基づいて素晴らしく深イイ話になって返ってきました。「コストパフォーマンスを計算して数字を人にわかりやすく伝えるのは得意かもしれません」とお話ししてくれたことが、たくさんあります。

引き続き総力特集!岩谷社長インタビューの続きをお楽しみに!!

札幌市北区にある岩谷技研の本社を訪ね、岩谷社長にお会いしてきました。お話は、2023年の岩谷技研の事業についてから始まり、メイトさんや社員の皆さんからの「岩谷社長への素朴な質問」への回答。さらにそこから話題は、生物の進化や恐竜時代、人類の歴史、星の寿命の話・・・と宇宙規模に広がっていきました。

岩谷社長の言葉の一つひとつが興味深く、面白く、知識と新しい視点が増えるような内容で、視野が拡がったと感じたこの感覚。「地球を外から眺める体験をした宇宙飛行士達が、帰還後に大きく価値観を変え、生き方を激変させた」というのと同じ体験だなと思ったほどです。

約2時間ほどのインタビューは、岩谷社長と共に宇宙空間を旅していたような、楽しい素晴らしい時間でした。

今回はその中から、「2023年の取り組みと目指すもの」について語って頂いた内容をご紹介します。

 

宇宙の入り口に新しいフロンティアを拓く

2022年は、2月の岩谷技研初の有人飛翔試験の成功を皮切りに、5月には無人の気球に無線機を積んで高度30キロまで飛ばし地上との通信を検証する実験にも成功。6、7、8月と係留ロープ付きでの有人飛行実験を繰り返し、9月にはついに係留ロープなしでの自由飛行試験に成功。十分な安全が担保されたことを確認し、11月には目標高度100mを超える102.3mまでの有人飛行に成功しました。まさに技術の開発と進歩が目覚ましい躍動の1年!となりました。

「今年はさらに実証実験をどんどん進めていきます。重要な年になるでしょう」と岩谷社長。

2023年は、社員を含め実験志願者の方に協力してもらい、有人飛行を可能な限り何度でも行い、4km、10kmと高度を引き上げ、秋までには最終目標高度である25kmに挑戦する予定です。

「はい!私が志願者です」と言わんばかりに、横でずっと手を挙げている取締役の仲さん。昨年、江別市で開催された大麻地区自治会長役員研修会での講演会では「体重オーバーでまだ乗れていない」とおっしゃっていましたが、キャビンに乗り込むのに体重制限があるのでしょうか?

岩谷社長:「体重制限があるわけではないですが、エレベーターの重量制限のようなものだと考えてください。2人用のキャビンなので、例えばお相撲さんのような体格の人が2人乗ると、やはり窮屈になってしまいます。仲さんは相撲取りのように重たいわけではありませんが、できれば、20%〜30%くらい減量をしてもらいたいです」

仲さん:「自分が軽いからって!!・・・20%も減らすのはムリ!」

岩谷社長:「ではせめて、10%お願いします」

実験隊長の及川さんが「1kgのものを浮かせるためのヘリウムガスが約5,000円」と言っていました。体重が約60kgとするとヘリウムガス代は30万円の計算になります。1キロでも2キロでも軽い方が経費削減できますよね。

本当に気心知れた間柄というような岩谷社長と仲さんのやりとりを聞きながら、私もいつか気球に乗る日のためにダイエットをしておこうと密かに決心しました。

 

それはさておき、最終目標高度への有人飛行実験が成功すれば、いよいよ宇宙への旅が開始されるんですね!

「実験に成功しても試験的に作ったプロトタイプから、安全で快適で誰でも利用できるようにするために、これからまだやることがあるので、実用化には時間がかかります。ライト兄弟が有人動力飛行に成功したからといって、旅客機が一般的に広く使われるようになるには年月が必要でしたよね」と、お相撲さんやライト兄弟とわかりやすい例を出し、イメージしやすいように話をしてくれるところに、岩谷社長の優しさとユーモアを感じます。

 

宇宙旅行だけではない気球の可能性

「気球は宇宙旅行だけではなく、いろいろな活用ができます。有人に限らず、無人で宇宙へものを運ぶこともできますし、わざと低い高度を飛ばして作物の生育状況を確認するなど農業に活用することも考えられます」

実際に気球は民間企業や大学で宇宙物理学、天文学、気象学など様々な分野での科学観測や、工学実験にも利用されています。

現在、岩谷技研の気球は、最大300キロの重量物を高度30キロ程度の成層圏まで運ぶことが可能です。唯一無二の開発製造技術で要求に見合った気球の設計を行い、それを自社の気球工場で製造し、打ち上げの運用・回収までをフルサポートする「ワンストップサービス」の提供も始めました。

ふうせん宇宙撮影から開発を進めて、気球で宇宙遊覧フライトができるようになるだけでも凄いことなのに、気球がそんなに利用範囲の広いものだったとは!

 

宇宙よりも深海のほうが簡単

そういえば以前、空の技術は深海にも活かすことができると言っていましたが、岩谷技研は空だけでなく海でもできることがありそうですよね?

「宇宙に比べれば、深海は簡単です。水の中は飛行機が飛んでるわけではないし、深海には航空法のような法律はありませんからね」と、すぐにでも何かできそうな勢い。

「深海は沈めればいいので頑丈で重いものを作ればいい。ひもを付けておけば回収も簡単です。空は頑丈だけれども、浮かせるために軽いものを作らなくてはいけないので難しいのです」

現実的には、今の段階では気球の宇宙遊覧の実現が優先ですから、深海のことは考える時間がない状況ですが、「宇宙旅行の実現で終わりではなく、もっと世の中や社会の役に立ちたい」ということを繰り返し何度もおっしゃっていました。

 

アイデアや可能性、できることはたくさんあるけれども、岩谷社長は今一番やるべきことにエネルギーを結集し、着実に歩みを進める2023年にすることを見据えているようです。

さらに岩谷社長の心の中には、まだ我々には明かされていない「夢の果て」があるように感じました。

話はまだまだ続きます「岩谷社長への素朴な質問」の回答は、また次の記事で!

気球による宇宙遊覧旅行を目指す株式会社岩谷技研・岩谷圭介社長インタビューついに開始!

天才・岩谷社長は普段どのようなことを考えているのか?どんな人柄なのか?岩谷社長の頭の中を覗くべく、「岩谷社長総力特集」として今後複数の記事に渡って、社長へのインタビューをご紹介していきたいと思います!

 

謎に満ちた岩谷社長・社長室を訪問

我々インタビュアーは満を持して岩谷社長のインタビューを行うべく、社長室へお邪魔させて頂きました。

もちろん目的はインタビューだったのですが、様々なものが置かれている広い社長室に我々は興味津々!中を案内していただけますか?とお願いしたところ、気さくな岩谷社長は快く社長室内を案内してくれました。

天才・岩谷社長の社長室にはどんなものがあるのか?ディープで宇宙的な広がりを見せる岩谷社長の世界の一端をご紹介します。

 

岩谷社長は甘いお菓子がお好き?

岩谷社長のインタビュー中に食べ物の話題になったのですが、あまりこだわりがなく何でも食べるという中で、甘いお菓子は好きというお話でした。

そこで最近の社長のお気に入りはこちらのケーキスタンド!色とりどりのお菓子が乗せられていました。

綺麗に並べるのが岩谷社長の使命だそうです(笑)ちょっと意外というかお茶目な一面が垣間見えて、思わず笑顔になりますね。

 

 

社長室に茶器セット!

社長室でまず気になったのは、ソファの横に置かれている本格的な茶器。

実は岩谷社長のご実家は茶道教室を開いていたこともあり、岩谷社長ご自身も大学時代は茶道サークルに所属。

さらに岩谷社長の奥様との出会いは大学の茶道サークルだったということで、社長にとって茶道は切っても切れない大変重要な分野の一つのようです。

 

巨大テレビ画面でミーティング

社長室に置かれている巨大なテレビ。こちらは社内ミーティングなどに使用されているとのことです。

また、東京など離れた場所との打ち合わせもこの場所で行うこともあるそう。コロナによってZoomミーティング等が一般化されて便利になったと話されていました。

 

自作のミーティングランプ

社長室の出入口に設置されているミーティングランプ、なんとこちらは岩谷社長が自作されたもの!

最初は外側だけに付けていたのですが、そうすると消し忘れることが多くなったので、内側にも付けて同期する仕組みに変えたそうです。

 

ネットで探してもこういったミーティングランプはなかなか売っていないそうです。

「無いものは自分で作ってしまえばいい」という岩谷社長のモットーがあちこちに活かされているんですね。

 

長期間飾るクリスマスツリー「あったらハッピーじゃないですか」

社長室の中に飾られているクリスマスツリー。この時は1月半ばを過ぎた時期でしたが、何故か未だに仕舞われずに置かれています。聞くところによると、毎年11月頃から飾り付けを始め、3月頃まで出しておくのだそうです!約半年間も!?

「だって、あった方がハッピーじゃないですか」

そんなことをさらっと言ってのけてしまう岩谷社長。なんとも可愛らしい一面が見えますね。

ただ一応、何故長期間飾っているかの理由もあって、もともとクリスマスは太陽のお祭りという歴史があり、冬至の時期、つまり太陽の弱い時期においてはクリスマスのお祭りをしても構わないというのが本来の考え方。そして北海道は3月頃まで雪の時期・太陽が弱い時期なので、その時期までは飾っていても良いのではないか?というのが岩谷社長の考えなのだそうです。(さらに長い宗教的な解説もありましたが割愛)

クリスマスツリーを置く理由をここまでしっかり深く考えている方はなかなかいないのではないでしょうか。

ただ、なんだかんだ言って「実はただ飾りたいだけなんです」と最後に一言付け加える岩谷社長、本当にユーモアに溢れていますね。

 

謎のワードローブの中には…

さらに社長室の奥には謎のワードローブ…。「こちらは何ですか?」と尋ねると、「見てみますか?」と岩谷社長はおもむろに袋を大きく開けて中に入っているものを見せてくれました。

 

中には大きな謎の植物が!こちらは江別工場の開所式で頂いた植物で、岩谷社長が大事に大事に育てているのだそうです。もらった時は岩谷社長が手で示されているくらいの高さで、そこから倍くらいの大きさに成長しています。

夏の期間は外に出していたのですが、冬場は寒いのでこの中に入れて育てているとのこと。太陽の代わりにLEDを照らし、寒さ対策でヒーターを設置。とっても大事にされているのが分かります。植物の育て方があまりにハイテクで、実に岩谷社長らしい育て方だなと思いました。

ちなみに植物の名前は分からないとのことでしたが、植物に詳しい方々に聞いてみたところ「ドラセナ(幸福の木)」ではないかという話でした。

 

3Dプリンターも修理してしまう岩谷社長

分解された状態の3Dプリンターが床に置かれていました。なんと岩谷社長が工場で壊れた3Dプリンターをご自身で修理しているそうです。

 

工場などで3Dプリンターが壊れたと報告を受けると、岩谷社長はそれを社長室へ持ってきてもらい、修理しているのだとか。

バック・トゥ・ザ・フューチャーのドクに憧れ育ったという岩谷社長の生粋のエンジニア魂を感じます。心なしかメカを前にしている時の岩谷社長はひときわ目がキラキラ輝いているように見えました。

 

話はまだまだ尽きないのですが、さらなる岩谷社長のディープなお話はまた次の機会にご紹介しようと思います。

10月5日、キャリア教育の一環として江別市教育委員会から依頼され「“やってみる”からはじめよう!」と題した講演会が江別第三中学校にて行われました。その会場に潜入!講演会の様子をレポートします。

 

会場・生徒達の様子

講演会は全校生徒が聴講しましたが、密を避けるため体育館で直接話が聞けたのは1年生のみで2・3年生は各教室でパソコン配信にて講演会の様子を視聴していました。

岩谷社長は、「みなさんの年頃だと、将来社会に出ていくために まだ何をやっていくか考えてもよく分からないと思いますが」と生徒達に語りかけ、「私には肩書きがたくさんあります。気球屋さん、科学者、社長、発明家、エンジニア、アーティスト、作家、その他いろいろ」と自己紹介から始まり、「自分自身のやりたいをやるための社長は手段です」と岩谷技研の事業の説明がありました。

聞いている生徒たちは、気球に乗って宇宙を見に行く?新しい気球を作っている?と半信半疑な様子でしたが、「そんなことできるの?とよく言われますが、できましたよと見せるまでやる」と岩谷社長が実験の映像を流した時、宇宙の入り口25,000m上空の成層圏を魚専用与圧キャビンの中で悠々と泳ぐベタの映像などを見て、生徒達の表情が好奇心でいっぱいになっていきました。

 

もう諦めようと思った時、偶然がいくつも重なった

岩谷社長が大学生の頃、風船で宇宙空間を撮影する挑戦をしていた話では、
やってみたけど大失敗。ムンクの叫びのような写真が撮れたと失敗写真を公開。

半年かけて作ったものが海の藻屑に消えるなど失敗が100回以上続き、周囲からは「できないに決まってる」「意味ない」「無駄」「お金がもったいない」などといわれたと言います。もうやめようかな・・・そんなふうに思ってしまった時、偶然がいくつも重なって「もうちょっとがんばってみよう」と思える出来事がありました。

装置を回収するのは面倒臭いと思った岩谷青年は、誰か拾ってくれないかなと自分の連絡先を装置に書いておきました。それを偶然親切な人が拾って届けてくれて、上空からの撮影に成功した写真を見ることができたのです。

失敗したり、迷ったり、それでもやっぱりやってみたいと続けられたのは、宇宙が子どもの頃から好きだったからでした。

 

子どもの頃の憧れ「ドクが世界で一番カッコイイ!」

子どもの頃の岩谷少年は、宇宙ステーションができるという絵本を読んですごい!と思い宇宙が好きになりました。他にも好きだったことは、工作やものをつくること。ブロックを組み立てて遊んでいたり、父親のカメラを分解してバラバラにして壊したこともあるそうです。

そして、映画「Back to the Future」のタイムマシンを発明した科学者エメット・ブラウン博士(通称ドク)が大好き!ドクのようになりたいと思ったそうです。小学校の文集では将来の夢に「科学者」と書いてありました。

高校2年生の時、本格的に進路を考え始めた頃、岩谷少年にとっては衝撃的な事実が発覚します。バック・トゥ・ザ・フューチャーはフィクションで、ドクのように自分の好きなことだけ研究をしている科学者は日本にはいないことがわかります。

ドクになれないとわかるとやる気を失くし、何をやっていいかわからなくなった岩谷少年はテストも0点ばかり。「不器用な学生でどこかで妥協することができなかった」と言い、高校卒業後は浪人しました。

浪人中にたまたま人力飛行機の競技会「鳥人間コンテスト選手権大会」を見て、「何か自分でつくりたかった」という夢を思い出し、工学部機械科に進学することになります。ここでも偶然が岩谷さんに力を与えたようですね!

北大では、宇宙環境システム工学研究室でロケットの勉強を始めたところで、ロケットって意外と大変と気がつき「これはムリ!」とまたやる気がなくなったそうです。でも、ロケットが無理ならと「風船はやれるかも」を思いつきました。「いろいろやってみることが大事。やっているうちに夢は見つかる」。岩谷社長のメッセージは、生徒達の心にやる気の種を植えたようでした。

やってみることと失敗することの大切さを語り、やってみるからこそ分かることがあり、好きを続けると本当にやりたいことや夢が見えてくるというお話には、私たちの心にも響きました。

 

生徒達からの質問

最後に生徒達からの質問に答えた岩谷社長。中学生の頃、はまったことはなんですか?と聞かれると「ただ宇宙が好きでした」と答え、夢を見つけるためにも「自分に正直に好きを見つけることが大事」と話しました。

自分にその夢があっていないとわかった時にはどうしたらいいですか?という質問には、「経験して向いていないとわかったものはやらない。他のことを試してみて次の好きを探します」と答え、「やっているうちに好きなら続いていくし、失敗した場合も好きなことは繰り返せる」と話していました。

生徒たちに率直に答える岩谷社長の言葉から、岩谷社長の好きという気持ちは、宇宙へと真っ直ぐに向けられているのだなと思いました。

江別気球工場内には様々な興味深いもの、不思議なものを見かけます。今回はその中から気になったものを3つご紹介します。

 

キャビン

こちらは3Dプリンターで制作したというキャビンの試作機。360度宇宙を見渡せる夢のような乗り物です。このキャビンでフワフワと上空に上がり地球を見下ろしたら、いったいどんな人生観に変化するのか?と色々想像してしまいますね。

 

キャビン

シートの横にはガスボンベのような物も付いています。3Dプリンターでこのような精巧なものが作れてしまうことに、まず驚かされます。

今まで試作されたキャビンがどのような変遷を辿ったのかも今後知りたいですね。

 

スピーカーと音楽

スピーカー

ちょうどキャビンの横に立っている素敵なスピーカー。こちらは仲取締役の私物だそうです。このスピーカーから毎日工場内に素敵な音楽が流れていて、それがメイトさんたちのモチベーションアップ・作業効率アップにつながっているのでしょう。

岩谷圭介社長はどんな音楽を聴くのかも気になるところです(今後尋ねてみる予定)。

 

岩谷圭介社長の書籍

岩谷圭介社長の書籍

工場の片隅には大きな宇宙のパネルが飾られています。なんと美しい写真でしょうか。

さて、その下には岩谷圭介社長のご著書、宇宙関連書籍が並んでいます。

 

岩谷圭介社長の書籍

岩谷圭介社長は多数の本を出版されており、特に子供向けの楽しい書籍・ワクワクと夢をふくらませる書籍を多く書かれています。こちらの書籍は自由に持って帰って良いとのことで、メイトさんたちの人気も高く、すぐに無くなってしまい急いで補充したとのことでした。私自身も各書籍を読ませて頂きましたが、岩谷社長の純粋で真っ直ぐな思い、何度失敗してもへこたれない精神力にたいへん心を打たれた次第です。いつか岩谷社長に各書籍の解説や思いを聞いてみたいです。

ちなみに、写真右上の大きな本「うちゅうはきみのすぐそばに」は子供向けの絵本となっています。これがたいへん素晴らしい絵本で、細かな絵柄に私の息子も興味津々で見入っていました。小さなお子さんが宇宙に興味を持ったり、知的好奇心を広げるにはうってつけの絵本だと思います。